仮想陶芸環境のための対話型3次元インタフェース

 

姫野 久美子

 

第1章 序 論
 ワードプロセッサを使って文書を作成するような感覚で、また、ペイントソフトを使ってコンピュータディスプレイ上に絵を描くような感覚で、3次元の物を対話的に創作する環境が、今後、芸術をはじめとした手作業で物を創作する多くの分野で必要になると考えられる。こうした環境は、頭の中の3次元イメージを複数の人が共有する(コミュニケイトする)ものであり、そのインタフェース(使い勝手)の自然さは特に重要である。
 仮想環境を構築するための新しいヒューマンインタフェースとして、人の動作を手軽に入力するための画像処理技術を用いた非接触型手法に基づく研究が進展している。人が日常生活の中で行っているように、両手を使って仮想環境に働きかけができることが理想的である。しかしながら、簡単な指示や2次元的な形状表現はできても、接触型装置をまったく使用しないで、動きを伴う操作や3次元物体の造形を実時間で行うことは、現時点では困難である。
大分大学知能情報システム工学科では、将来の究極的なヒューマンインタフェースを念頭におきながら、仮想環境に働きかけるよりよい3次元インタフェースの構築を目標として、仮想陶芸作業環境の構築を目指すプロジェクト(CHINAプロジェクト:Cyberglove-based two-Handed Interface for virtual ceramic Art work environment project)が精力的な研究活動を行っている。この仮想陶芸環境は、両手電子グローブ[1]による、ジェスチャ表現、位置・大きさの表現、移動・回転・変形などの空間的操作により、3次元空間内で立体視を使いながら立体的な仮想物体を創作する作業を支援するものである。機器を装着するものの、仮想の手ではなく、実際の手で、「視覚的な触覚フィードバック」を受けながら、仮想物体を作成できる。そのため、実際の陶芸における造形過程を模擬することにより、現実と仮想の陶芸経験を共有することができ、煩雑で、多くの時間と労力を必要とする陶芸作品のすばやいプロットタイピングが行える。
 私は、CHINAプロジェクトの一員として、仮想陶芸システムの設計、陶芸作業空間の考察、陶芸における手の動作の解析、手の動作の認識データの収集、評価実験の企画を担当した。本論文では、これらの研究概要とその経験および考察を述べる。
 

第2章 仮想陶芸作業環境の設計概念と概要
2.1 基本設計概念
 マウスやキーボードを使った従来の3次元空間の位置座標値の指定方法は、実際の陶芸動作とはまったく違った操作を必要とするため、実際の制作過程の経験は生かされず、@実際の制作方法と違う熟練した操作を要し、A造形に多くの時間や労力を必要とする、という操作性に対する問題点がある。さらに直接操作が困難なため、作成者がイメージしたものを直感的に作成することは難しく、芸術性の強い陶芸の場での利用は困難である。
 図1に、私達が目標とする仮想陶芸システムの概念を示す。利用者は、仮想の陶芸作品を、実際に自分の両手を使って加工することで造形する。仮想造形は、造形過程の再現、途中からのやり直し、以前に作った物との合成などの仮想システム独特な機能を持つ。また、仮想のろくろがあり、回転体の造形ができる。造形物の素材(粘土)や造形途中の物、完成物は、近くの陳列棚に並んでいて、いつでも取り出したり、収めたりできる。 図2に仮想陶芸作業環境を示す。私達は、入力デバイスとしては、左右の両手電子グローブ(Virtual Technologies社製 CyberGlove)と磁気センサ(Polhemus社製 FASTRAK)を用意し、3次元空間における利用者の手の位置情報を仮想空間に取り込む。出力デバイスとしては、液晶シャッタメガネ(Stereo Graphics社製 CrystalEyes)を使用し、仮想空間を立体情報として利用者に提示する。仮想世界は、Onyx/RE2上に、GLおよびOpenGLを使用して構築する。
 実世界と仮想世界両方の陶芸のノウハウを共有し、仮想環境という特別な意識や知識がなくても利用が可能なように、以下の設計方針で仮想陶芸システムを構築した。
@自分の手と仮想物を同一視野に置く対話的3Dインタフェースの開発
A両手利用による自由な立体形状の造形
B立体視と実際の陶芸に近い手の動きによる直接操作
C触覚に代わる視覚的機能の工夫
 

図1 仮想陶芸システムの概念
図2 仮想陶芸作業環境
 

2.2 仮想陶芸作業空間
 芸術的意味あいの強い陶芸の場合、手と目および創造物を含む空間と手の動作は、最も重要な作業の要因となる。自分の手と目および創造物を一つの作業空間に置き、手の動きで、仮想物を加工し、目で確認するという実際の陶芸環境に極めて近い仮想環境を私達が目標とする仮想陶芸環境とした。この環境は、次の利点をもつ。
@実世界と仮想世界の陶芸のノウハウを共有することで、高い現実感を得る。
A陶芸に興味をもつ初心者でも容易に利用できる。さらに、陶芸作業の再現、創作物の再利用、幾何学的処理などのコンピュータならではの機能の利用が期待できる。

2.3 手の動作によるインタフェース
 手の動作は、言葉では表しにくい表現を、言葉の代用として、あるいは、言葉の補完として用いるノンバーバルなコミュニケーションである[2]。情感動作や無意識の動作を除いた手の表現動作には、以下の5動作が考えられる(図3参照)。
@標  識 :音声語句に翻訳可能な動作
A指示動作 :対象を示す動作
B空間動作 :空間関係を示す動作
C活動動作 :人や物の動きを描写する動作
D象形動作 :対象の姿を空中に描く動作
@〜Bは、静的なジェスチャを主とする表現動作である。C、Dは、動的なジェスチャ表現であり、従来、コンピュータとのインタフェースであつかわれていない動作であった。
 これらの動作を基盤として、我々は、陶芸独特な手の動的な振る舞いをあつかう、実際の陶芸作業に極めて近いインタフェースを提供する。
これらの陶芸作業独特な手の動作を認識するため、電子グローブに、「静的ジェスチャ認識」「空間的位置検出」「動的ジェスチャ認識」「動きのパターン認識」の4つの基本機能を用意した。表1は、5つの手の動きのカテゴリとそれを認識する4つの電子グローブの機能の関係を表す。両手電子グローブの使用は、対象物への直接操作が可能という点で、より実際の陶芸における手の動きをとりいれたインタフェースの実現を可能にする。特に、陶芸などのように、物の変形を表す動作には、動的ジェスチャや動きの認識機能は必須である。現実世界で使用する表現法を基本機能として採用することで、仮想環境との違和感のないインタフェースを実現することができる。
 

図3 手のノンバーバル動作
 

第3章 仮想陶芸作業環境の構成と実現
3.1 陶芸における手の動作解析
 仮想環境における利用者の手の動きが現実世界での手の動きによく対応していることが仮想環境の利便性にとって最も大きな要因の一つだと考え、実際の陶芸における手の動きをビデオカメラで収録し、それを解析することから、電子グローブに必要な機能の考察を始めた。ビデオの解析結果から、両手の動きは次の特徴を持つと考える。
@右手と左手がまったく同じ動きを示すことは希であり、多くはそれぞれの役割を持って動く。
A全体的に、右手と左手は、動きのスピード、細かさなどに大きな違いがあり、状況によっては片手だけが粘土に作用する場合もある。
B右手と左手または人差し指と親指がペアとなって、大きさ、厚さの指示や、形状のバランスをとる。
C道具や状況が異なると、同じような手の動きが違った効果を起こす。
D視覚情報は、比較的大まかな位置・形状をフィードバックするが、より細かい位置・形状は、触覚・力覚情報によることがある。
 こうした特徴から、右手、左手の動作を個別に認識する必要があると考えた。また、将来的には、変形動作に力覚に対応する感覚を取り入れる必要があると考える。
 図4に、陶芸における手の基本的動作を示す。陶芸の手の動きには、ノンバーバルコミュニケーションの5つのパターンのうち、「標識」のパターンはなく、手とシステムとのコミュニケーションに、「標識」の動作が利用できることがわかる。
 

図4 手の基本動作
 
 
 
 
図5 仮想陶芸システムの構成
 

3.2 仮想陶芸システムの構成
 図5に、仮想陶芸作業環境の大まかな構成を示す。この環境は、両手サイバグローブ、左右のグローブ情報提示部、仮想物造形部、立体表示部から成る。グローブ情報提示部は、サイバグローブの出力から手の形のパターン情報を認識する「静的ジェスチャ認識」、手の形の変化パターン情報を認識する「動的ジェスチャ認識」、と磁気センサの出力から動きのパターンを認識する「動きのパターン認識」、そして、サイバグローブ、磁気センサから位置情報を検出する「位置情報検出」の4つから成る。陶芸における手の動作の認識には、左右それぞれの手の動作に対して、4つの検出機構を複合的に使い精度を上げる。造形部は、グローブ情報提示部からの出力によって制御される。全操作は、グローブを使って行う。変形作業は、主に、「部分的変形」で行われるが、全体の大きさを変える「全体的変形」や細かい変形を行う機能ももっている。また、陶芸独特な操作として、仮想のろくろの機能を用意した。「立体表示部」は、仮想物をディスプレイの前面に立体表示する。電子グローブと仮想物の位置関係を調節して、シャッタメガネを介して、手と仮想物の位置を対応づけて感じるようにする。
(1)仮想物読み込み
 あらかじめ用意された、球、立方体、円筒などの基本物体や作成途中の物体、完成した物体を作業机上に読み込む。球、立方体、円筒は、両手のジェスチャにより読み込まれる。
(2)全体的変形
 基本物体や完成物体を全体的に、拡大・縮小する。両手グローブの間隔に対応した大きさや方向で、拡大・縮小が行われる。非接触で、物体の変形を行う。
(3)部分的変形
 物体の表面で、両手を動かすことで、両手で囲まれた部分の縮小、拡大の変形や表面をなめらかにするなどの操作を行う。電子グローブ情報を使い仮想物と接触する手の面や手の形を決める。
(4)局所的変形
 片手(右手)指先や手のひらと物体との接触により、接触部分の変形(押しつける、引き延ばし)を行う。左手を握る、開くなどの形状変化を併用して変形動作の開始、終了を指示する必要がある。
(5)回転体の制作
 両手親指と人差し指で、水平な円を描き、それにより回転体の外形を描くことで、両手弧の中央の距離に対応した回転体が出来上がる。
(6)合 成
 両手を用いて2つの物体を移動させ、物体の合成を行う。動的ジェスチャ認識、動きのパターン認識により、物を握る、離す、移動するなどの動作を認識させる。
(7)保 存
 作成途中の物体や完成物の保存を行う。保存を行うことで、物体は陳列棚に登録され、再利用が可能になる。
(8)その他の機能
 操作の再現、途中からのやり直し、中断などのコンピュータならではの機能をそれぞれの変形サブシステムで用意する。
 

 
 
 
 
図6 動きの認識のためのニューラルネットワーク
図7 各認識に使った手の動作
 

3.3 手の動作の認識機能
 手の動作を認識する「グローブ情報提示部」における「静的ジェスチャ認識」「動的ジェスチャ認識」「動きのパターン認識」の機能を以下に説明する。
(1)静的ジェスチャ認識
 電子グローブによって得られる形状データと、あらかじめ定義されている手の形状情報とを照合し、手の形を認識する。マッチングの高速化、認識率の向上、個人差の解消を図るため、ニューラルネットワークを用いたマッチング法を採用した[3]
(2)動的ジェスチャ、動きのパターン認識
 両手電子グローブの動きと、あらかじめ定義されている手の動きとのマッチングを行い、
物体の変形などの大きさ、量、程度の情報を含むコミュニケーションに利用する。リカレント型のニューラルネットワークを用いたマッチング法を採用した。形の変化には、電子グローブのデータを使い、位置の変化には、磁気センサの出力を使った。図6に、動きの認識のためのニューラルネットワークを示す。図7に各認識に使った手の動作を示す。
(3)3次元位置・方向、空間的大きさの検出
 電子グローブの各指の先端にあるセンサの位置データから3次元空間の座標を特定する。さらに、手の形状情報を併用することで、手のひら(面)の位置情報、人差し指の位置と方向を検出する。
電子グローブの人差し指と親指の間隔、両手の掌の間隔などの空間的位置情報を検出する。グローブの形状認識のルーチンを併用する。この機能により、空間的大きさの検出や3次元空間内の利用者の作業中心点を検出できる。

4.手の動作と仮想物のインタラクション(対話)
 人と仮想物のインタラクションは、手の動作が起因となり、物は、移動、回転、縮小、拡大、変形を受け、その変化を目で確認することで行われる。仮想物の変形は、仮想空間での手と仮想物の位置関係(直接対話)、または、手の動作が示す意味、つまり手の動きのコマンド(間接対話)による。グローブ情報提示部で認識された手の動作により、仮想物造形部は、電子グローブをはめた手の動きが、直接変形の「部分変形」「局所変形」「合成」であるか、間接変形の「全体変形」「回転体の制作」「仮想物の読み込み」「移動」であるかを判断する。手の移動動作を含めた人の手の動きは複雑であるため、間接変形と実陶芸にはない変形部分を引っぱる動作には、左手による付加的動作を準備した。
 

図8  (a)磁気の乱れを取り除いた後の測定値
図8 (b)磁気の乱れを考慮しない時の測定値
 

第4章 現実世界と仮想世界の整合
4.1 磁気センサの補正
 一般に、手を直接使った作業空間は、人の静止場所から1〜2m以内の四方空間に限られる。特に陶芸においては、特別大きな作品の作成を除いては、作業空間は、目と体から30〜40cm離れた点を中心にして、半径30cmの球内に入る。
 磁気センサは、環境のノイズに弱く、それを考慮しないで使用すると、図8(b)のように、磁気ソースから離れると極端に乱れた状況を示す。木製の机の使用や磁気の乱れを起こしそうなもの(スピーカなど)を遠ざけることにより、図8(a)のような良好な磁場を準備することができた。特に、陶芸のように、手の動作範囲を比較的狭い範囲に限定できる場合には、こうした配慮による効果は大きい。

4.2 立体像と電子グローブの位置補正
 3D仮想物の変形には、立体視は必須である。当初、立体視を用いずに陶芸作品の制作を試みた。その結果、グラフィックス表示される仮想のグローブと陶芸品オブジェクトの間の相対距離、特に奥行き方向の距離の知覚は困難であった。
 左目に写る仮想物像と右目に写る仮想物像の交点がちょうど利用者の手元になるように、 ディスプレイ画面上にある仮想物を移動する。さらに、磁気センサが手元にきた仮想物の位置で反応するようにセンサの位置を変えた。960×680の解像度と、108Hzの実効周波数でフリッカのないオブジェクトの立体映像描画を実現している。
 これにより、実際の手に仮想の手を重ねることができ、実世界で陶芸品制作を行うのと同じ感覚で、自分の手で仮想オブジェクトを変形・加工することを可能にした。図9を参考に本機能の実現手順を説明する。
【電子グローブの位置調整】
@左右両手の磁気センサによる計測値が、実際の手の位置とXY平面上でほぼ同じ位置になるように磁気ソースの場所を決める。
Aスクリーン中央に描画されるオブジェトを、仮想作業内の手の位置まで前にずらす。
【立体視の位置調整】
B手の磁気センサ位置とオブジェクトの先端が重なるように左右の目に投射する像の間隔をきめる。これはユーザの視覚に対して、感覚的かつ対話的に決定する。
【個人差による調整】
C異なるユーザ間でより良好な立体視映像を描画するために、両眼視差を調整可能にした。
 

図9 立体視と電子グローブのキャリブレーション
 

第5章 仮想物の変形
 実際の粘土を手で押して変形すると、造形物に手がくいこんだ部分がきれいに凹む。これは、実際の粘土の材質には、粘性と弾性が適度にあるためである。仮想物をポリゴン表現し、この変形を行うと仮想物は凸凹に変形する。仮想物をなめらかに変形するには、場所を少しずつ変えて、何度も同じ動作を繰り返す必要がある。変形による時間遅れを考慮すると、ポリゴン数が制限される理由により、ポリゴン数を増やすことは難しい。仮想物をなめらかに変形するためには、仮想物を曲面で表現する必要がある。しかし、曲面表示の制御点を使って仮想物を変形していく方法には、解決しなければならない多くの問題が残っている。
 

第6章 仮想環境の評価
6.1 評価基準
 仮想環境は、@現実感を感じる、A使い勝手がよい、B実世界にない利点をもつなどのVRならではの利点を持つ必要がある。仮想環境の評価を以下のように示す。

(1)システムの性能
  遅延:手の動きに対し、作成物の変化が提示されるまでの時間を測定
  ディスプレイ更新速度:新たな画面が表示される速度(プログラム内)
  計測精度:仮想物が表示される位置と手で示す位置との差を測定
(2)利便性:使い勝手
 @タスクの達成度、A操作エラー、Bタスクの達成時間、C学習容易性、D精神的負荷E生理学的負荷、F初心者/専門家の行動、G主観的印象、H仮想環境の影響(サイバーシック)
(3)VE化の価値
 @仮想の物を直接作成、A作成作業のやり直し、B作成過程の再現、C作業の中断

6.2 距離感の測定法
 本仮想陶芸システムは、両眼視差を利用して手の位置に表示しされた仮想物を変形する。 両眼視差だけによるスクリーン全面への立体視には、人の目への影響が心配される。
 現段階では、目への影響を調べる効果的な方法は、提案されていないので、私たちは、以下のような簡略式の距離感への影響を調べる方法を考案し、採用した。

(1)目 的 ・立体視による人の眼への影響を調べる。
(2)準 備 ・ゴルフボール2個、黒の手袋を用意し、ボール以外の情報による距離感への影響をなくすため、部屋を薄          
        暗くする。
(3)手 順 
  @パターンAとパターンBの2つを行う
  A距離の最小可視範囲を測定する
  B仮想物作成前後の差を計算する
  ※ボールは空中に浮かす
 
 

図10 利用者の目から見たイメージ
図11 仮想陶芸作品の例
 

第7章 考 察
 仮想陶芸作業環境を使用して予備的利用実験を行った。図10に、利用者の目から見た画面のイメージ像を示す。また、図11に、本仮想陶芸環境で作成した仮想陶芸物の作品例を示す。予備実験では、本仮想陶芸環境は、直感的な3次元形状の表現、直接的な形状の操作、物体の感覚的な変形指示、に適していることが分かった。しかし、細かく指定された物体の造形操作には逆に多くの時間を要した。予備実験から得られた問題点について、以下に考察する。
(1)磁気センサの精度の向上
 陶芸物の一点を指で指示し、視覚だけにたよる局所的変形方法は、磁気センサ精度の影響などを受けやすく、磁場のノイズによる誤差や人の距離感が絶対的なものでないため正確に位置指定するのは難しい。作業空間外の磁気ノイズの排除や幾つか前のセンサ値を使った補正などの安定した位置指示や距離感を増強する両眼視差以外の要因との併用を検討する必要がある。
(2)手の動作と仮想物
 実際の陶芸における手の動作には、図4のように多くの動作があったが、仮想陶芸システムでは、頭の中にイメージしたものを表現することが最終目的であるから、一連の動作をひとまとめにした操作で行うことも必要である(図7参照)。手の動きの何を直接変形に反映させ、何をコマンド(約束事)として用意するかが、使いやすさのポイントになると考える。
 現在、衝突検出は、仮想物のポリゴンの全頂点と手とのユークリッド距離による初歩的な方法なので、複雑なオブジェクトになると、CPUの負荷が急増する。これにより、手の動きから目へのフィードバックの時間遅れが生じ、スムーズな、手の動きを表示する障害になっている。物体を簡単な立方体(バウンディングボックス)で囲み、その物体と手の平面との距離により、接触判定を行うかどうかの判断をするなどのアルゴリズムを採用する必要がある[4]。ニューラルネットワークを用いたジェスチャ認識については、文献[3]に詳細を述べている。
(3)仮想物の変形と曲面表示
 仮想物の変形に物体の材質(弾性、塑性)を考慮した変形を検討する必要も考えられる。しかし、現時点では、頭に描いたイメージを表現する手を使った理想のインタフェース実現を目的とし、手の動作によるイメージ表現に目標を限定した。将来的には、材質の考慮との併用が望まれる。ポリゴンベースの物体表示は、リアルタイムの表示としては適しているが、物体表面の加工やスムージングなど、利用に問題が残った。曲線・曲面による物体表示法では、なめらかな変形が可能であった。しかし、変形を重ねていくと、制御点が大きく変動し、変形が困難になってくる。ポリゴン数の効果的な増加法や制御点移動後の曲面から新しい制御点を求め、その新しい制御点を使って次の変形をする、変形はポリゴン表示で行い、スムージングのために曲面近似を使用するなどの工夫が必要である[5、6、7]
(4)視覚ディスプレイと触覚の視覚化
 シャッタメガネの利用では、仮想物の裏に手を置くと、ディスプレイから目への視覚情報を遮るため、その部分の表示ができない。シースルーメガネを採用することも考えられるが、逆に、前面の手に仮想物が投影される。陶芸の場合は、前面の手の動作が主体となり、裏にある部分は物体を回転させて表にすればよいので、シャッタメガネの方が適していると考える。仮想物と手の接触による触覚は、物の変形においては不可欠な情報である。電子グローブの指の先端についたバイブレーションによる触覚表示機能を付加する必要がある。視覚的な表現として、動作回数に応じた対象物の変形の速度変化や色や点滅速度の変化などの表示法の工夫が、触覚の視覚化効果のために必要と考える。
(5)手の動作の認識
 左右それぞれの手の形と方向を認識する静的ジェスチャ、右手の形の変化を認識する動的ジェスチャ、方向・位置の変化を認識する動きのパターン認識を複合的に使用し、手の動作を認識する。その他に位置の変化の自乗和、方向の変化の自乗和、手の形の変化の自乗和、左右の手の間隔の変化の自乗和も認識をサポートをする。手の動作の認識は、基本に手の動きのセグメンテーションの問題を含みニューラルネットワークだけで、解決できるものでもなく、自然言語理解と同種の多くの課題が残されていると感じている。
(6)仮想システムの評価
 仮想システムの評価は、@システム性能(変化表示の時間遅れ、画面の更新速度)、A利便性(タスクの達成度と達成時間、操作エラー、学習容易性、精神的負荷、生理学的負荷、初心者・専門家の行動差、主観的印象、サイバーシック)、B仮想システムの価値、を基準とした。
(7)人の目への影響
 簡単な影響測定では、実験の前後で特に顕著な距離感の差異はみられなかった。しかし、私の利用経験からも、身体への影響については不安が残る。高精度な測定、より多い被験者による影響への信憑性の増大、適切な測定法の検討などを行い、安全性を確認することが、今後のVRシステムの発展のためにも是非とも必要なことだと考える。

第8章 結 論
 身体に装着する機器を利用した従来の3次元インタフェースでは、仮想空間の中に表示された仮想の手を電子グローブにより間接的に動かすことにより、仮想物体を操作するものであったために、利用者自身の手と表示された代理の手の間の置き換えが難しく、操作に熟練を要した。本インタフェースは、両手電子グローブを実際の手のように、液晶シャッタ眼鏡は実際の眼鏡のようにして、実物を想起させる仮想物体を取り扱える。
 将来、より低価格で、容易に装着可能なコードレス電子グローブとより精度のよい位置センサが出現すれば、機器の違和感も少なく、効果的な利用が可能になるのではないかと期待される。本仮想陶芸環境は、芸術、教育面の利用以外に、手の動作を計算機で認識することにより、感覚機能の増強、感覚器官の代替など、福祉面の利用も考えられる。

謝 辞
 本研究にあたり多大なご助言ご指導を下さいました大分大学工学部の宇津宮孝一教授、西野浩明先生、仮想陶芸システムの実現を担当した石田さん、小野さん、佐藤さんをはじめ、計算機システム第1研究室の方々、陶芸について丁寧に教えて頂いた本学美術科の久保木真人助教授、実験・アンケートにご協力下さいました皆様に深く感謝いたします。

参考文献

[1] Sturman.D.J.and Zeltzer.D.: A Survey of Glove-based Input, IEEE Computer Graphics and Applications, Vol.14, No.1, pp.
     0-39,1994.
[2] Ekman,P.and Friesen,W.V.: The Repertoire of Nonverbal Behavior,Semiotical,pp.49-98,1969.
[3] Nishino.H., Utsumiya.K., Kuraoka.D., Yoshioka.K.and Korida.K.: Interactive Two-handed Gesture Interface in 3D Virtual
     Environments, Proc of the ACM VRST'97, pp.1-8,1997.
[4] Shaw.C. and Green.M.: THREAD: A Two-Handed Design System, ACM Multimedia Systems,Vol.5,March,pp.126-139,1997.
[5] Watt.A.and Watt.M.: Advanced Animation and Rendering Techniques,Chapter 3 The Theory and Practice of Parametric
     Representation Techniques, Addison-Wesley, 1994.
[6] Korida.K., Nishino.H., Utsumiya.K.: An Interactive 3D Interface for A Virtual Ceramic Work Environment,Proc.of VSMM'97,
     pp.227-234,1997.
[7]凍田,姫野,佐藤,西野,宇津宮:仮想陶芸作業環境のための対話型3次元インタフェース,電気関係学会九州支部連合会,1997.